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2024年 10月 10日
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昨年の記事ですが取り上げます。 【収支報告書 佐藤知事の後援会 7年間にわたり記載漏れ 岩屋衆院議員の団体でも500万円不記載 大分】 (2023/12/7 TOW NEWS) ―― 大分3区選出の岩屋毅衆議院議員の資金管理団体でも収支報告書への記載漏れが明らかになりました。 派閥からの寄付金あわせて500万円を記載していなかったということです。 岩屋議員が所属する麻生派「志公会」の収支報告書によりますと、去年はあわせて300万円、おととしはあわせて514万円を岩屋議員の資金管理団体「新時代政経研究会」に寄付金として支出していました。 その一方、岩屋氏の団体側の収支報告書では派閥からの寄付金は去年はあわせて100万円、おととしはあわせて214万円となっていて、団体側の収入は派閥側の支出よりも500万円少なくなっていました。 これについて、岩屋議員の事務所は「事務的なミスの記載漏れ」だったとしています。 また、「寄付はパーティー券の売り上げとは関係ない。速やかに報告書を訂正したい」と話しています。 ―― これはさすがに呆れるしかありません。 言い訳も性格が腐ってるなと言うほかないレベルです。 麻生派では履歴が残るように 政治資金のやり取りは振り込みで行うようにするのが 派閥の方針となっているようです。 麻生派から2年間で合わせて814万円ほどを 岩屋毅の資金管理団体へ寄付しました。 ところが岩屋毅の資金管理団体の収支報告書では 寄付は100万円、その前年は214万円しかもらっていない事にして 差額の500万円を隠していた形です。 ところが岩屋毅はパー券収入不記載で清和会が叩かれているからと そっちの話とは違うという言い訳をして誤魔化しました。 清和会のパー券収入不記載については 森喜朗の時代から行われていたようです。 総理退任後初めて派閥の代表になった安倍晋三は このことを知ってただちに パーティー券収入の不記載をやめさせました。 ところが安倍晋三が暗殺され、、 塩谷立、下村博文、松野博一、西村康稔、萩生田光一、世耕弘成、高木毅 この7人の共同執行部体制になると 清和会の幹部達はパー券収入の不記載を復活させ 派閥の議員達に不記載を指示。 本当ならパー券収入不記載を復活させた人間が 自分が犯人だと名乗り出て責任を取るべきでした。 ところがここに名前の挙がった連中が みな口裏を合わせてシラを切って逃げる事を選びました。 これが自民党全体に今に続く大打撃となっています。 ただし、パーティー券の収入もその販売から一定のキックバックも これは他党もやっていることでなんら問題ありません。 問題なのは収支報告書への不記載です。 麻生派はこういうことが起きないように 履歴が残る形でのお金の処理を行っていたのに 岩屋毅は自身が所属する麻生派から寄付されたお金を わざと過少報告していたのですから悪質ですし、 麻生太郎に対する裏切りでもあると言えます。 パー券収入不記載があったから公認しないというのであれば 500万円もの不記載をやっていた岩屋毅を公認している事は筋がとおりません。 不記載がダメなら 岸田派も石破派も同様の話は発覚しているわけですから、 岸田文雄も石破茂も非公認にしないと筋が通りません。 石破茂は総裁選で岸田派が支えたからこそ総理になれた という事情もあるので岸田には逆らえないでしょう。 今回のくだらない党内政局を仕掛けたのは岸田文雄であって 同じく清和会への復讐心を持っている石破もこれに乗っかった と言ったところだろうと思います。 総裁選では石破が党員票一位になると予想して 党員票一位に投票すると報道させておきながら、 党員票一位の高市ではなく石破に投票させたのが岸田と岸田派です。 この総裁選での動きでブログ主は確信しました。 岸田文雄は総理就任当初は安倍晋三路線を否定することで 独自色を出して歴史に名を残そうとしました。 しかしながら途端に支持率などががくっと下がり出して 慌ててフェードアウトさせて安倍路線を継承する形を取りました。 外交安全保障では非常に評価できる実績を挙げましたが、 一方でマスゴミが騒ぎ立てた話については 都度都度明らかに間違った判断、 それも「最も悪手」と思われる判断を行ってきました。 統一協会問題での対応も 不記載問題での対応も 謎の派閥解散も 総裁選での動き、そして今回の公認非公認の動き。 これではっきりしました。 岸田文雄はマスゴミのミスリードを 清和会を潰す派閥抗争に悪用してきただけです。 将来的な事を考えず目先の派閥抗争を優先する。 これは宏池会の伝統です。 岸田文雄は古賀誠を一番そばで見てきましたから、 古賀誠がやってきた腹黒い動きだけを学んで来たのでしょう。 それに、古賀誠が失脚し、宏池会を岸田が継承した後も、 古賀誠は林芳正を通して岸田派を再び掌握しようと暗闘を仕掛けていました。 だからこそ岸田文雄は総理になった後も それまでの自民党総裁の基本である 「総理になったら派閥を抜ける」 をやらずに宏池会の派閥会長を続けました。 派閥内抗争を非常に重視していたということなんだろうと思います。 そういう腹黒い動きばかりを見て派閥内で抗争してきた岸田文雄だからこそ、 少し先の事も考えず目先の派閥抗争を優先させるようになったのかもしれません。 間違った行動をすれば後々まで悪影響が残ります。 今まさにそうなっていると言っていいでしょう。 でも岸田と岸田派は目先の派閥抗争しか考える事ができない人達の集まりだから、先のことなんて全く考えられない。 そう考えた方がいいでしょう。 2019年の参議院選挙では 当時幹事長だった二階俊博が 二階派の拡大を目論んで 岸田派の大物、溝手顕正の出る予定の広島県選挙区から 河井案里を出馬させました。 二階の目論見どおり、河井案里が勝って溝手顕正が落選しました。 話はこれで終わりませんでした。 溝手顕正を落とされた事で 岸田派は河井潰しで二階派へ報復を実施、 河井夫妻周辺でのお金の動きが次々に週刊誌へ。 さらには岸田派系の地方議員100人が 「私達は河井夫妻から賄賂もらいました!」 と暴露するという事態に至ります。 河井夫妻は失脚し、岸田派が二階派に報復した形です。 しかしながら贈賄側だけを処罰させて 収賄側が無罪放免なんてありえるはずもなく、 岸田派地方議員達は辞職や次の選挙不出馬などを余儀なくされ 岸田派は足元がボロボロになりました。 その中には児玉浩安芸高田市長もいました。 安芸高田市長に就任してたった3ヶ月で辞職することになり、 その隙間を突いて石丸伸二が安芸高田市長になり、 都知事選への踏み台に使いました。 長くなるのでここらで次の記事に分けます。 --------- ↓良ければ応援クリックよろしくお願いします。↓
by Ttensan
| 2024-10-10 05:05
| 政治
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